
この9月、見込み客の開拓やメール配信といった営業の実行工程まで、AIに任せられるようになりました。接触を作る作業が安くなるほど、GTM戦略で効いてくるのは、誰に売らないかを先に決めておくことです。9月に出た3件の発表を、営業に関わる人が2〜5名の段階に引きつけて読み解きます。
Pickup:注目の技術
① Salesforceの機能が、CRMの画面を開かずに呼び出せるようになった(Salesforce)
Salesforceは2026年9月15日、同社のデータ・ワークフロー・業務ロジックを、人とAIが働くあらゆる画面へそのまま届ける層として「AIforce」を発表しました。CRMの画面を開かずに、外側のAIから中の仕組みを動かす構想です。Anthropicとの連携で提供される「Claudeforce」には、見込み客の開拓からパイプラインの整備まで37の営業スキルが最初から組み込まれると説明されています。同時に案内された「Agentforce Coworker」は、提供開始から35日で10万人が利用を開始したとのこと。
営業を立ち上げる側なら:37という数からわかるのは、各社が自前で書いていた営業の標準的な手順を、Salesforceが製品に組み込みはじめたことです。これまでなら、営業に関わる人が2〜5名の会社が自前で書いていた手順書──リストの作り方、初回接触の文面、商談後の記録の残し方。その一式が、契約した初日から手に入る形になりつつあります。ただ、配られるのは多くの会社に当てはまる平均的な正解です。自社の顧客が誰で、どの相手には時間を使わないのかは入っていません。ここを空欄のままにして37本の手順を走らせると、多くの会社で正しいとされる接触の手順が、自社には合わない相手にもそのまま実行されます。
GTMエンジニアを目指すなら:同梱された手順をそのまま動かせる人と、どの手順を切って自社の条件を差し込むかを判断できる人。後者が担う範囲は、これから広がっていきそうです。
手順が製品に同梱されると、会社ごとの差は手順ではつかなくなります。差がつくのは、誰に売り、誰に売らないかの決め方です。
出典:Salesforce(2026年9月15日・本文は転載せず要約しています)
② メール配信の設計から成果確認までを、指示文ひとつで任せる機能が出た(PR TIMES)
Agos Labs Technologiesは2026年9月16日、AIマーケティング機能「Customer Engagement Agent」の提供開始を発表しました。テキストで指示すると、配信条件とシナリオ、メールの件名と本文までを設計し、顧客の行動や属性から配信対象を決めて実行、開封やコンバージョンの測定まで引き受けると説明されています。人が組んでいた配信設計の工程が、指示文の一行に畳まれた形。
営業を立ち上げる側なら:この機能を使うと、誰にメールを送るかを、人ではなくAIが決めるようになります。これまでは配信リストを作る過程で、代表や営業責任者の目が一度は通っていました。この会社は前回断られている、この業種は導入の決裁に半年かかる、この規模は運用に耐えない。目視の段階で、そうした例外が静かに間引かれていたわけです。条件を書いて渡す方式に変わると、間引きは条件文の中でしか起きません。書かれなかった例外は、そのまま送信されます。悪気なく、全速力で。だとすれば、配信を自動化する前にやることが一つ決まります。**過去に手で外していた相手を、思い出して書き出しておく**ことです。
GTMエンジニアを目指すなら:設計を任される立場になるほど、文面の巧さよりも、配信対象からどの相手をなぜ外したかを説明できるかを問われるようになります。
配信を自動化すると、リストを作る作業時間と一緒に、代表や営業責任者がリストを目で確認しながら下していた「この相手には送らない」という判断も消えます。
出典:PR TIMES(Agos Labs Technologies)(2026年9月16日・本文は転載せず要約しています)
③ 社内で生成AIをどう使うかのひな型が、行政から配られはじめた(東京都産業労働局)
東京都産業労働局は2026年9月7日、中小企業向けのサイバーセキュリティ対策ポータルに、生成AIガバナンスの解説資料と社内ガイドラインの雛型を掲載しました。入力してはいけない情報を具体的に決めること、担当者の私的な利用が社内ルールの外で広がる状態を避けること。まずは1〜2ページの軽いルールから始める進め方も示されています。
営業を立ち上げる側なら:ひな型が公的機関から出てくると、社内向けのルールは短時間で整います。一方、ここで配られるのは「社内でどう使うか」の部分です。「社外の誰に向けて動かすか」は含まれていません。前者は多くの会社で答えが似るため、ひな型がそのまま効きます。後者は会社ごとに答えが違うので、どこからも配られない。営業でAIを使いはじめた会社が最初に迷うのは、たいてい社外の誰に向けてAIを動かすかを決める場面です。顧客の名前を入力してよいかは1時間で決まり、この見込み客を追うかどうかは3か月決まらない、という状態。
GTMエンジニアを目指すなら:入力してよい情報の線引きは調べれば書けますが、追う相手の線引きは、その会社の受注と失注を見た人にしか書けません。
社内ルールのひな型や営業の手順が外から配られるほど、どこからも配られない「どの見込み客を追うか」の判断で、会社ごとの差がつきます。
出典:東京都産業労働局 中小企業向けサイバーセキュリティ対策ポータル(2026年9月7日・本文は転載せず要約しています)
3件を並べると、この9月に安くなったものがはっきりします。接触を作る工程です。手順は製品に同梱され、配信の設計は指示文に置き換わり、社内ルールのひな型は行政から届く。どれも、営業を立ち上げる会社にとっては追い風です。そして、どれも接触の量を増やす方向にだけ効きます。
増えないものが一つあります。断る速さです。営業に関わる人が3名の会社で、問い合わせが週5件から週20件に増えたとして、代表が「これは追わない」と言える回数は増えません。むしろ、全部に目を通せなくなった分だけ遅くなる。結果として、条件に合わない相手にも一次対応の時間が配られ、受注率だけが静かに下がっていきます。原因を探すなら、AIの精度より先に、追わない相手を決めてあるかを確かめてください。
だから、接触を自動化する前に手元へ置きたいのは4行のメモです。ICP(Ideal Customer Profile・理想的な顧客像)を丁寧に描く作業と並べて、外す側だけを名指しで書きます。
| 書く項目 | 書き方の例 | 書いていないと起きること |
|---|---|---|
| 外す業種・領域 | 個人向けの商材を扱う事業者は今期は追わない | 商談は生まれるが、提案の型が毎回ゼロから必要になる |
| 外す規模 | 営業に関わる人が1名以下の会社は対象外 | 導入後に運用する人がおらず、数か月で使われなくなる |
| 会わない役職 | 決裁に関与しない担当者だけの打ち合わせは受けない | 商談数は積み上がるが、次の一手が自社側に戻ってこない |
| いま断る理由 | 今期は機能Aを使わない会社には売らない(来期は見直す) | 断った理由が人によって違い、あとから判断を振り返れない |
4行目の括弧に、この表の使い方が入っています。除外条件は固定しない。営業の実行から戻ってきた事実で、四半期ごとに書き換わっていきます。この「設計して、実装して、現場の結果で直す」という往復こそ、GTMエンジニアリング──営業戦略を起点に、売上を生み出し続けるGTM(Go-to-Market)の仕組みを設計・実装・定着させること──の仕事そのものです。そして、往復の出発点になる営業戦略も、机の上だけでは完成しません。何を外すかを最初から正しく書ける会社はありません。どの相手を外すべきかは、1人目の営業が商談を重ねてはじめて見えてくる。営業を始める前に戦略を決め切れない理由についてはGTM戦略は、営業1人目が入る前に決め切れないで詳しく扱いました。今日の4行は、書き換えるための初版として置いておくのがよさそうです。
本記事の見解はWeaveXによるものであり、引用元各社の見解を代表するものではありません。
よくある質問
- GTM戦略で最初に決めることは何ですか?
- 誰に売るかと、誰に売らないかをセットで決めることです。売る相手だけを決めると、条件から外れた商談が入ってきたときに判断が現場ごとに分かれます。断る条件まで言葉にしておくと、営業に関わる人が増えても同じ線で判断できます。
- ICPと除外条件は何が違うのですか?
- ICP(Ideal Customer Profile・理想的な顧客像)は当てはまる相手を描いたもので、除外条件は当てはまらない相手を名指ししたものです。ICPだけだと、境界線上の相手をどう扱うかが決まりません。除外条件は、迷ったときに手を止める側の基準として働きます。
- AIで商談数が増えたのに受注が伸びないのはなぜですか?
- 接触を作る工程が自動化されると、条件に合わない相手への接触も同じ速さで増えるためです。母数が増えれば受注件数は伸びることもありますが、受注率は下がりやすくなります。出どころ別に商談を分けて数えていないと、この変化が営業の質の問題に見えてしまいます。



