「AIが見ています」と候補者に伝えるか、迷ったときに

EUのAI規制が、8月2日に新しい段階へ入りました。目を引くのは、その順番です。採用AIの中身を審査する重い義務は先送りされ、先に適用が始まったのは、相手に「これはAIです」と伝える義務でした。AIの判定が正確かどうかより先に、AIを使っていることを相手に伝えているかどうかが問われはじめた、とも読めます。選考にAIを使う企業と、AIに評価される側の候補者にとって、この順番は何を示唆しているのでしょうか。
Pickup:注目の技術
① AI規制の適用スケジュールが確定、「名乗る義務」が先行(財経新聞)
EUのAI法について、適用日程が確定したと報じられています。相手がAIであることを開示する第50条の透明性義務が2026年8月2日から適用される一方、採用・信用・教育などの分野で使われる高リスクAIへの本格的な義務は、2027年12月2日へおよそ16か月延期されたとされています。つまり適用の順番は、AIであることを相手に明かすルールが先、選考AIの中身を検証するルールが後。
採用する企業なら:延期されたのは「証明の義務」であって、「説明する必要」ではありません。むしろ猶予ができたいまは、規制対応としてではなく候補者に何を開示するかを自社の判断で決められる時期にあたります。決めるべきは3点。ひとつ、選考のどの工程でAIが関与しているか。ふたつ、AIの出力が合否そのものを決める場面があるか、それとも人の判断の材料にとどまるか。みっつ、その最終判断者は誰か。この3点を求人票か案内メールに数行で書いておけば、規制の日程がどう変わっても、書いた内容を直す必要はありません。
転職を考えているなら:選考でAIが使われること自体は、いまや珍しくありません。確かめる価値があるのは有無ではなく、「AIの評価は最終判断に対してどの程度の重みを持つのか」です。この質問に淀みなく答えられる会社は、入社後の評価についても筋の通った説明を持っている可能性が高いと言えます。
ルールが先送りされたぶん、自社の基準で先に決めておける時間ができた。そう受け取るのが実務的です。
出典:財経新聞(2026年7月28日・本文は転載せず要約しています)
② 求められるのは「人が見て分かる開示」と「機械が読み取れる印」の二層(shiritomo)
8月2日から適用される識別表示の内容も報じられています。対話するAIについては相手がAIであると明確に伝えること、AIが生成した音声・動画・画像には機械が読み取れる電子的な印(ウォーターマーク)を埋め込むことが求められるとされています。人間向けの開示と、機械向けの検証可能な印。透明性が、この二層で設計されている点が特徴です。
採用する企業なら:この二層構造は、採用実務にもそのまま持ち込めます。候補者に伝える「人向けの開示」(どの工程でAIを使うかの案内)と、後から検証できる「記録としての印」(誰がいつ何を根拠に判断したかのログ)は別物だからです。前者だけあると説明が裏づけを欠き、後者だけあると候補者からは何も見えません。中小・ベンチャーであれば、専用ツールを入れずとも、評価シートに「AIの所見」欄と「面接官の判断」欄を分けて残すだけで、この二層は成立します。
転職を考えているなら:AIが関わる選考が増えるほど、提出書類の側でも「どこまで自分の言葉か」を意識しておくと安心です。AIで整えること自体が問題になる場面は多くありませんが、書かれた内容を自分の言葉で語り直せるかどうかは、面接で確実に見られる部分です。
選考の透明性には、AIの使い方を候補者に見せることに加えて、誰がいつ何を根拠に判断したかを後から確かめられるよう記録しておくことも含まれます。
出典:shiritomo(2026年8月2日・本文は転載せず要約しています)
③ AI判定だけの不採用には、就活生の54.4%が納得できないと回答(PR TIMES/シーズアンドグロース調べ)
28卒の就活生を対象とした調査結果も公表されています。AI面接そのものへの受容度は高く、約6割が「希望する」または「どちらでもよい」と答えた一方、AIの判定だけで不採用となることについては、「絶対に納得できない」8.9%と「人の目を通していない評価には納得いかない」45.5%を合わせた**54.4%**が受け入れがたいとしています。ただし有効回答は101名と、規模の限られた調査です。
採用する企業なら:就活生が受け入れがたいとしているのはAI面接そのものではなく、人が一度も目を通さないまま不採用が決まることです。ここは費用をかけずに変えられます。AIで足切りをする工程があるなら、不合格側の一定割合だけでも人が目を通す運用にする。それが難しければ、せめて「一次選考はAIの評価を参考に、担当者が確認したうえで判断しています」と案内文に明記する。同じ結果でも、受け取られ方は変わります。とくに知名度で大手に劣る中小・ベンチャーにとって、選考体験の丁寧さは数少ない対等に戦える領域です。
転職を考えているなら:AI面接を避ける必要はなさそうです。この調査でも、希望する理由として日程調整のしやすさ(43.3%)や評価の公平さ(40.0%)が挙がっています。準備の力点は、話し方の作法を磨くことより、経歴の要点を短く再現性のある形で言えるようにしておくことに置くとよさそうです。
候補者が企業に求めているのはAIを使わないことではなく、人が選考結果を確認したとわかることです。
出典:PR TIMES(シーズアンドグロース株式会社)(2026年7月10日・本文は転載せず要約しています)
三つを並べると、ひとつの順番が浮かび上がります。規制は「AIの判定が正しいと証明せよ」より先に、「AIだと名乗れ」から動き出しました。そして候補者の側が納得できないと答えたのも、判定の精度ではなく、人が一度も関与しないまま不採用が決まることでした。制度と当事者の感覚が、同じ方向を向いています。ここから言えるのは、採用でAIを使うときに信頼を左右するのは、当面のあいだ精度ではなく可視性だということです。どの工程でAIが動き、その出力にどれだけの重みがあり、最後に誰が決めたのか——この三つが相手から見えていれば、AIの比重が高い選考でも納得は成立しますし、逆に見えなければ、どれだけ精度の高いツールを使っても不信は残ります。しかもこれは、規制を待たずに今日から書ける三行。なお、AIの出力を判断の材料として扱うのか、合否の結論として扱うのかは、自社が候補者の何を見たいのかが定まっていないと決められません。候補者の何を見るかの決め方は候補者の見極め方で扱っていますので、開示の文面を考える前に、候補者のどこを見極めたいのかを先に確かめてみるのも一手です。選考でAIを使っていると候補者に伝えることは、隠し事をしていないと示す守りの手であり、同時に自社の選考のやり方への自信の表明です。
本記事の見解はWeaveXによるものであり、引用元各社の見解を代表するものではありません。規制の適用日程は各報道時点のものであり、今後変更される可能性があります。



