
人事のまわりでは、使える手段がこの数年で確実に増えました。エンゲージメント調査、タレントマネジメント、生成AI、各種の補助金。それなのに「やったほうがいいのは分かっているのに、着手できていない」という感覚を持つ人事担当者は少なくないはずです。7月から8月にかけて出そろった3本の調査を並べると、その停滞がどこで起きているのかが、かなり具体的に見えてきます。今日は、中小・ベンチャーの人事にとっての「詰まりどころ」を、企業側の視点で整理します。
Pickup:今日の注目
① 人事の重心は「採る」から「定着・配置」へ移った(パーソル総合研究所)
パーソル総合研究所が「人事部トレンド定量調査2026」の結果を2026年7月30日に発表しました。300名以上の企業に勤める係長以上・経営企画・経営層の2,000人を対象にした調査(調査時期:2026年3月)で、人事課題の上位3つは「従業員満足度・エンゲージメント向上」「最適な人員配置」「従業員の定着/離職防止」だったと報告されています。賃上げを実施・予定する企業は73.0%で、2022年調査から11.2ポイント増えたとされています。一方で人事部自身の課題としては、人員不足が45.2%、専門性の不足が44.6%、企画構想力の低さが39.3%と挙げられています。
採用する企業なら:人事の主戦場が「入り口」から「入った後」へ移ったという話は、耳あたりのいい変化に聞こえます。ただ同じ調査で、人事部の4割が自ら「企画構想力が足りない」と答えている点は見過ごせません。定着や配置の改善は、募集を出せば応募が来る採用業務と違い、自社の状況を読み解いて設計するところから始まります。つまり課題の重心が移ったぶんだけ、必要な仕事の性質も、募集・調整型から設計型へ変わっているということです。
転職を考えているなら:応募先の人事がどちらの型かは、面接での質問の中身に表れます。経歴の確認が中心なら入り口の管理が主業務、入社後の関わり方や配置の考え方を語れるなら設計に踏み込んでいる組織です。入社後の伸び方を左右するのは、後者かどうかです。
押さえておきたいのは、賃上げが73.0%まで広がった今、人事の腕が問われる場所は金額の決定から、入った後の設計へ移りつつあるという点です。
出典:パーソル総合研究所(2026年7月30日・本文は転載せず要約しています)
② 関心は半数近く、それでも8割が着手できていない(HRプロ)
btobeeが中小企業の経営者・役員を対象に実施した補助金活用の調査結果が、2026年8月6日に報じられました。事前調査は3,000人、本調査は関心層300人が対象です(調査期間:2026年6月)。補助金への関心があると答えた層は47.5%にのぼる一方、申請に向けて具体的に動けていない層は81.1%にのぼり、実際に手続きを進めているのは15.3%だったとされています。着手できない理由の1位は「自社に最適な補助金が分からない」で38.7%、次いで「採択後の手続きが煩雑」24.3%、「時間・人員不足」21%と報告されています。
採用する企業なら:これは補助金の調査ですが、止まり方の構造は人事施策とよく似ています。1位の理由が「面倒だから」でも「効果が疑わしいから」でもなく、自社に何が合うか分からないだったことに注目したいところです。やる気の問題でも予算の問題でもなく、選定という工程で詰まっている。人事でも、研修サービスやタレントマネジメントツールの比較資料が机に積まれたまま半年が過ぎる、という状況は同じ形をしています。だとすれば必要なのは、次の候補を探すことではなく、選ぶ基準を先に一枚に書くことです。
転職を考えているなら:選考で「入社後に使える制度」を説明された際は、その制度の利用実績を聞いてみると解像度が上がります。整備されていることと、使われていることは別だからです。
知っておきたいのは、着手できない理由の多くは実行力ではなく、選ぶための判断材料が揃っていないことにある、という点です。
出典:HRプロ(2026年8月6日・本文は転載せず要約しています)
③ 採用でAIを使っていない企業が87.7%、進んでいるのは大企業(PR TIMES/HRビジョン調べ)
HRビジョンが『日本の人事部 人事白書2026』の内容を2026年7月2日に発表しました。のべ5,103社の回答をまとめた調査で、採用においてAIを活用していない企業は全体の87.7%と報告されています。ただし従業員5,001人以上の企業では34.3%が選考にAIを導入しており、内訳は書類選考での活用が22.9%、AI面接が5.7%、AIによる面談が5.7%とされています。
採用する企業なら:報道では「AI採用が広がっている」と語られがちですが、実際に動いているのは主に大企業で、全体では9割近くが未導入です。ここで効いているのは技術の入手しやすさではありません。生成AIは月額数千円から使えますし、規模による価格差もほとんどない。差がついているのは、年間何千人を選考するから、どの工程を自動化すべきかが自明であるという状態にあるかどうかです。年間数人〜十数人を採る企業では、その自明さが生まれません。急いで追随する必要はない一方、「量が少ないから判断基準を言葉にしなくても回る」という状態が続くと、いざ人を増やす局面で基準の不在がそのまま採用の停滞になります。
転職を考えているなら:応募先の規模によって、書類が最初に人の目に触れるかAIを経由するかは大きく異なります。大企業向けには読み取られやすい書き方を、中小・ベンチャー向けには人が読んで意味の伝わる書き方を——同じ職務経歴書でも、通す相手は同じではありません。
なるほどと思える点は、AI導入の差が予算の差ではなく、選考の型がどれだけ決まっているかの差として表れている、ということです。
出典:PR TIMES(2026年7月2日・本文は転載せず要約しています)
3本を並べると、それぞれ別のテーマなのに、止まっている場所が同じであることに気づきます。人事の課題は定着や配置へ移り、制度も道具も揃ってきました。それでも8割が着手できず、9割が導入していない。そして最大の理由は「自社に何が合うか分からない」でした。つまりボトルネックは、実行の手前にある選定という工程です。ここが厄介なのは、それが誰の仕事にもなっていない点にあります。ツールの検討は情報収集として進みますし、稟議は決裁として進みます。しかし「自社の課題を、どの手段で解けるサイズまで分解する」という作業には、担当者も締め切りも付いていないことがほとんどです。人事部の39.3%が自ら挙げた企画構想力の不足とは、能力の話である以前に、この工程が業務として置かれていないことの現れとも読めます。裏を返せば、規模の小さい会社にとってここは追いつける領域でもあります。必要なのは予算でも人数でもなく、「誰の・いつの・何を減らしたいのか」を一文で書き切ることだからです。たとえば「入社3か月目の若手が辞める前に、上司が気づけていない」と書けた瞬間、候補は数十から数個に減ります。この一文が書けないまま比較検討に入ると、いつまでも決まりません。なお、この一文をどう立てるかについては、離職が起きる手前で何が観測できるかを扱った早期離職を防ぐにはが、そのまま材料になります。使える手段が増えた時代に希少になったのは、手段ではなく、自社の課題を言葉にしておく時間のほうかもしれません。
本記事の見解はWeaveXによるものであり、引用元各社の見解を代表するものではありません。調査数値は各調査の回答者の認識に基づくものであり、調査規模・対象はそれぞれ異なります。



